玉野勢三

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 まず作品のイメージをデッサンを描くことによって、記憶の中に焼き付けてゆきます。制作する時はモデルを使わずに、イメージだけで制作します。
 イメージが出来上がると、粘土の土付けが始まります。大きな板の上に粘土で形を作ってゆきます。
 レリーフというのは、壁面を飾る半立体の作品のことです。立体像と違って壁面に取り付けられる為、見る角度が限定されます。うすっぺらな作品にならないよう、立体感を強く意識しながら形作ってゆきます。
 彫刻はどこもみな正面です。いろいろな角度から見て、母子像を制作してゆきます。
 粘土での制作が終わり、石膏取りの作業が始まりました。石膏の型をいくつかに分けるために、薄い真鍮の板(きりがね)が差し込まれます。
 石膏を全体にまんべんなく振りかけ、約1cmの厚さに塗りこんでゆきます。
 石膏が固まると、中の粘土をかき出します。
 石膏型が割れないように、木組みで補強します。そして石膏型を水できれいに洗い、乾燥させます。
 乾燥した石膏型に、のりを筆で塗ってゆきます。赤い色をしているのは塗りむらを無くすために、のりにベニガラを混ぜているからです。のりはこれから塗る漆と石膏型の離型剤の役目をします。
 乾漆というのは、漆と砥の粉を練り合わせた素材の事でサビ漆とも云います。僕の使ってる砥の粉は、京都山科の山から取れるもので、非常にきめの細かい土の粉の事です。まず砥の粉を水で溶き木べらでよく練ります。次に生漆を水と同量加えよくへらで練り合わせます。
 良く練り合わされた乾漆が、石膏型に筆で塗られてゆきます。あまり薄く伸ばさずに、置いてゆくといった感じで全体に塗ります。
 漆は空気に触れる事によって、黒く変色してゆきます。一層目が乾くと、同じ作業をもう一度繰り返します。一度に厚く塗らないのは、厚く塗ると漆が固まらない為です。
 次に麻の蚊帳を四角に切ったものを、全体に塗りこめてゆきます。これは乾漆の補強と作品に弾力性を持たせる為です。蚊帳を塗る作業を三回繰り返し、全体を6mmくらいの厚みになるようにします。
 作品の周囲を太い針金で補強し、木組みをします。
 石膏型の合わせ目をきれいに掃除して、石膏型を合わせます。
 漆が固まって補強されると、石膏型全体によく水を含ませます。石膏型を濡らす事によって、離型剤として塗ったのりがふやけて型から離れやすくなるのです。
 濡れた乾漆はもろいので、慎重に石膏型を割り出してゆきます。
 作品の表面に付いたベニガラののりを、水で洗い流しています。
 割り出された作品の表面を均一にする為、全体に乾漆を筆で塗ります。
 これから乾漆のじかずけ制作に入ります。粘土で作りきれなかった指先などの細部や顔の表情など、乾漆を付けたり取ったりしながら作品の密度を追求してゆきます。
 最初は目の粗いサンドペーパーで擦りはじめ、次第に目の細かなサンドペーパーで擦ってゆきます。付けたり削ったりを何度も繰り返し、作品に思いを込めてゆきます。
 乾漆は一度に厚く塗るといつまでたっても乾きません。ですから、少しずつ付けてゆく根気のいる仕事が続きます。母親の愛に満ちたまなざし、あどけない幼子の表情など、指先に心を込めてつくりあげてゆきます。
 壁面に取り付け、全体のバランスを見ながら形を作ってゆきます。乾漆を付けたり取ったりする事によって、表面が自然に大理石のような縞模様になってゆきます。木のぬくもりと石のようなシャープさが同居した、不思議な質感が現れてきます。
 かたち作りが終わると、表面に光沢を出すための作業をします。ドウズリと云う方法で、表面に乾漆を塗りすぐに布でふき取り、しばらくしてから又布で磨きこんでゆきます。磨くほどにつやが増し、漆の持つ自然の輝きがでてくるのです。
 サインが入れられ、作品の完成です。
 おおぞらと名付けられた母子像のレリーフが完成しました。若くやさしいお母さんに抱かれた幼子が、両手を広げて天高くはばたいているようです。母親の深い愛情につつまれ無邪気に笑う幼子。これからも見る人の心に、やすらぎが感じられる作品を作り続けたいと願っています。